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32 谷口キョン
「なぁキョン。…キス、してみないか?」

ある昼休み、谷口がどことなく思い詰めた表情で言った。

  「…はぁ?!」

あまりの驚きに、あんぐりと口を開いた間抜け面をしばらく晒してしまったではないか!
何を考えているというのだ、こいつは?!
横で国木田も呆れたような表情を浮かべたまま止まってしまっている。

言うまでもなく、俺はれっきとした男である。無論、男好きだとかそういう特性もない。
そして、目の前で爆弾発言をかました奴も当然、男である。
第一こいつは俺以上の女好きだろう。たとえ何人もの女性達に振られ続けても男に興味を持ったりはしないはずだ。
しないでくれ。しないと思う、……しないでください。

 
  「お前、俺が女にでも見えるっていうのか?」

我ながら愚問きわまりないと思いつつも問う。
未だ衝撃から立ち直りきっていないので、これは仕方のないことである。



  「いや、そんなわけねーって。何、キョンって自分が女に見えると思ってんのかよ?」
即答かよ、おい!しかもそんな平然と答えるなよ…俺がれっきとした男だと認識した上でキスを求めてるっていうことは…、

 「…ホモか」

ようやく冷静さを取り戻したらしい国木田がポツリと呟く。

そうだろうそうだろう、男を相手にしたがる男なんてそれっきゃないだろうな。
安心しろ谷口、たとえお前の性癖が判明しても別に友人を辞める気はないからさ。

そのかわりといっちゃ何だが、こっちに矛先は向けないでくれよ――…?


しかし、谷口はこっちの思いなんぞお構いなしで、もっと強大な爆弾を投下してきやがった。


  「ホモなわけないだろ?俺はいつでも女好き!………でもキョンは別みたい」

付け足すように淡々と告げられた一文に、俺は唖然とした。
あたりまえだが、先ほどのキス要求の時よりも深い衝撃に襲われた。
そこで脱力しなかった自分を自分で褒めてやりたい。しかし今はそんな余裕はない。
無事にこの場を離れることが出来たなら、思う存分褒めてやろう。


  「あ…、俺、ちょっとトイレいってくるわ……」

愛想笑いを浮かべながらそう言って、席を立とうとした俺の腕を掴む者がいた。…まさか?!
いや、谷口は…目の前で好き勝手にぶつぶつ言ってるだけ、だな…。


と、いうことは……。

案の定、俺の腕を掴んでニコニコ笑みを浮かべているのは、天使の顔した悪魔だった。


  「あ、キョン。そういえばこないだの映画撮影の時のお詫び、してあげてなかったんじゃない?」
なんてことをいいやがる。今度ジュースの1本でも奢って済まそうと思ってたのに。

  「…あ。そうじゃんかキョンよぅ!キス1つで詫び代わりってことにしとこーぜ!!」
これぞ名案!とばかりに膝をたたきかねない谷口。お前は都合のいいことは聞いてるんだな。

  「…………」
もう呆れるしかないのだろうか。このバカにはキスなんかじゃなくて右ストレートで充分だ。
こう見えても俺の唇は高いんだぞ…ってそういう問題ではなかった。
男同士でキスなんてもってのほかだろう?!別にゲイの人たちに偏見を持っているわけではない。
しかし自分は典型的な異性愛者であって、同性の唇の感触を体験してみたいなどとは思わないわけで。

  「いーじゃんかよー。別に体欲しいって言ってるわけじゃねぇんだしよー。」
ワガママ坊主かお前は。もし体どうこう言ってきたなら、その瞬間に友人関係を解消することは間違いないな。

  「バカ野郎。ふざけてないで、早く片付け……っ、ぇ!?」
一瞬の出来事だった。谷口が身を乗り出してきて、俺の唇に、自分のそれで触れたのだ。

  「あ、強行突破だね~。おつかれさま。」
なんて国木田は楽しそうに笑って言うが、俺としちゃあ笑い事なんかで済まされない。

恥ずかしながらのファーストキスを、青春の象徴を…よりにもよって男に……ッ!!
末代までの恥じゃないか。祟ってやるぞ、谷口!!

しかも、柔らかくていい感触だったとか真顔でいうものだから、怒鳴るチャンスを逸してしまった。
照れたキョンもなかなか新鮮でいいなとかほざいてきやがったので、一発殴らせてはいただいた。
でもヤツは全然懲りていないようだ…誰か、誰かこいつを止めてやってくれーー!!!

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