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閉鎖空間な保管庫
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30 古キョン
うららかな春の陽気にぼんやりと春眠暁を覚えていたら、湿気に満ちた梅雨が過ぎて、気づけばセミどもが合唱する夏がやってきた。
 異性を引きつけ子孫を残す奮闘を、谷口なんかは「鳴くだけで彼女できるなんてうらやましいよな」とか言っていた。
 理性を失ってでも彼女なんて作りたいのかと思ったが、男である性分か否定はしきれないので、あえてつっこまないでおいた。
 HR後、そんなアホの谷口と国木田と少し暑さについて愚痴をこぼしあって、俺はいつものように部室へ向かった。
 ちなみにハルヒはと言うとHR終了と同時に、向日葵みたいな顔して教室を出て行った。何でもまたコンピ研に用があるらしい。
 姑のごときいびりをまたコンピ研部長が受けると思うと、さすがに同情を禁じえなかった。
 ともあれ、弾丸のような行動力を持つハルヒを俺が止めることなんて、決して出来るわけがない。
 なので、今は諦めて通学鞄を持って廊下を歩いているわけだ。授業で疲労した足で習慣づいた廊下を歩いていたら、見たことのあるというか死んでも忘れられない、御姿を発見した。
 何を隠そう、朝比奈みくるさんである。
「あ、キョンくん……」
 俺を発見すると申し訳なさそうに、静々と呼び掛ける朝比奈さん。
 どうしたんですか一体。俺でよければ相談に乗りますよ。
「実はその、禁則事項なので詳しくは言えないんですが、ちょっと用ができちゃいまして。それでもし良ければ涼宮さんに伝言をお願いできますか?」
「え、ええ。いいですよ」
 ありがとうございますと、小鳥のように頭を下げて、さっさと未来人な朝比奈さんは返事も聞かず、俺のもとを去っていった。
 おいおい。それじゃあ、今日はメイドな朝比奈さんによる午後の緑茶が飲めないってことか。
 すると急に虚脱感が湧いてくる。

このまま帰ろうかと思ったが、ハルヒが部室にやってこないとも限らない。俺の不在によるペナルティは尋常でないものが予想されるので大人しく部室へ行くことにする。
 扉を開けると、予想してもいないことが目に入った。
 カッターシャツの前をはだけた男子生徒がいたのだ。
「ああ、キョンくんですか。良かった」
 と言ったのはニヤケ顔を絶やさない超能力者こと古泉だった。
「何をしているんだ。俺はお前の裸なんて興味はないぞ」
「ほら、最近暑いじゃないですか。滲み出た汗でちょっと気持ち悪くなりまして。それで長門さんもいないようですから少し涼もうかと」
 そういえば、部室の置物と化している宇宙人こと長門はいない。
 男と密室で二人きり、ということに気づく。
「やれやれ、何の因果があってお前と二人きりにならなきゃならないんだ」
「涼宮さんと朝比奈さんはいらっしゃらないんですか?」
 俺がハルヒと朝比奈さん不在の理由を古泉に話すと、
「なるほど――」
 とそれだけ返事した。
 何となく、そのときの古泉の微笑みに違和感を覚えたが、暑すぎてそんな細かいことを気にする余裕がなかった。
 さて密室で男同士、黙って座る趣味なんて、俺にはない。
 自然といつものようにテーブルゲームをする運びとなった。
 ちなみに今日はチェスだ。ルールもろくわからんかったが、古泉が手取り足取り教えてくれたので、それなりにプレイできる。しかし教えてくれたのはいいが、何故かこいつはいつも俺に負ける。
 なんでだろうね。

疑問に思いつつも、淡々とゲームを進める。
「こういう事例を知っていますか?」
 何だ藪から棒に。
「場所は忘れてしまいましたが、ある外国で事件が起こったんです」
 だから何なんだ古泉。全然話が見えないぞ。お前の回りくどい話し方は少し改めたほうがいいと思うぞ。
 あと今回は抽象的すぎやしないか。
「まぁ、聞いてください。どういう過程かはわかりませんが、その事件の犯人は人質を取って建物に立て篭るんですよ。さすがに捕まりたくはありませんからね。人質にされた人はたまったものではありませんね」
 右から左へ古泉の話を流しつつ、俺はチェス駒を動かす。む、何だか悪い流れだな。
「人質を取られた事件は長引くのが常道です。何せ人様の命がかかっているわけですからね、慎重に事を進めなければいけません。おかげで犯人もそうですが、人質は何時間も何時間も倍以上の極限状態を味わいます。すると不思議な事象が起こるんですよ」
 それでどうなったんだ、と訊こうとしたら、古泉はチェス駒を動かし、
「チェックメイトです」
「あ――」
 うかつだった。攻められていたことに気づかなかった。古泉の話を聞いていたせいもあるが。
 仕方ない。初めてこのゲームで勝ったんだ。なんか良かったら罰ゲームでも受けてやろうじゃないか。
「そうですね……」
 人差し指を口元に当てて、思案する古泉。やがて、ポンと手を打った。

「実は最近手品にこっていましてね。それを見てはくれませんか?」
 そんなのでいいのか。下手なものを見せつけられるという意味では罰ゲームだが。
「では、準備をしたいので、良ければ目を瞑っていただけますか?」
 わかったわかった、ぼやきながら俺は大人しく指示に従う。
 視界が闇に包まれ、セミの合唱に混じって古泉の衣擦れが聞こえてくる。
 すると、唇に何やら変な感触がした。
「むぐっ」
 目を開けると、古泉の顔がさっきの三倍くらいの大きさで見えた。
 古泉を突き飛ばし、俺は椅子と共にぶっ倒れた。
「な、何をするんだっ」
「罰ゲーム、ですよ。先程言ったじゃありませんか、キョンくん」
 古泉は俺に覆いかぶさり、更に唇を重ねた。
「やめろ、いい加減にしろっ」
「先程の事件がどうなったかお教えしましょうか?」
 古泉は俺を羽交い絞めしつつ、話し出す。器用すぎるぞ。
「極限状態に置かれすぎた人質はやがて、犯人に対しある感情を発露します。そう――」
 相変わらずもったいつけて、古泉は言葉を継いだ。
「恋愛感情ですよ」
「なに……?」
「チェックメイト、です」


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