「あなたが好きです」
夕暮れの部室でそう言った時、古泉は、何てことない顔をしていた。
これくらい何でもない。こんなこと当たり前だ。
それについて来られない、それを拒絶する、あなたの方こそ異常だとでも言いたげな顔だった。
「……は?」
凍り付いていた俺の頭から、俺ではない誰かが返事をする。
短く漏らされた驚愕の声に、古泉は凡そ正常とは思い難い愛を再度繰り返した。
あなたが好きです、あなたが好きです。
あなたに僕を理解してもらいたい。
あなたに僕を受け入れてもらいたい。
あなたを抱き締めたい、あなたにキスしたい、あなたを抱きたい、あなたを……
「…めろ、やめろよ!」
鬱々と零れ落ちる呪文のような告白を俺は勢いよく椅子から立ち上がることで遮った。
もう聞いていられない。頭がおかしくなりそうだ。
少なくともこれ以上続けるようなら、正当防衛としての暴力も辞さないつもりだった。
しかし俺の持ち得る限りの敵意を向けられているにも関わらず、正面に腰掛けている古泉は冷静そのものだった。
いつも通りの裏が読めない笑顔を浮かべて俺をじっと見つめている。
…鳥肌が立った。寒気のようなものすら感じる。
嫌悪というより、それはむしろ恐怖だった。
底知れない不安を古泉から感じる。
無意識の内に両腕で自分を抱き締めていた俺の前で、古泉はひどく緩慢に立ち上がった。
思わずびくりと肩を震わせて後ろに引く。
「来る、な」
笑顔のまま歩を進める古泉を、俺は追い詰められた鼠のように後じさりながらどうにか制止しようとする。
その内背中が壁にぶつかったが、尚も逃れようと俺は横にずるずると流れていった。
古泉は全て承知の顔で俺との距離を狭め続ける。
とうとう部屋の隅に追い詰められた俺の前に、古泉は立った。余裕の表情だ。
首筋をちりちりと炙られるような危機感に急き立てられ、俺は闇雲に手を振り回した。
と、その手を瞬く間に捕らえられる。ぞっとした。冷たい手だった。古泉の目と同じだ。
「つかまえた」
笑う古泉の顔。ダメだ、と思った。この目を見てはいけないとも。
壁に縫い止められた手首ががくがくと震える。
恐い。
あからさまに怯える俺に、古泉の顔が、僅かだが曇る。
どうしてわかってくれないんですか、とその口唇が動いたような気がして、俺は呆然とした。
「僕はあなたを愛しているのに」
古泉の指が俺の手首にぎりぎりと食い込んで赤い痕を残した。
まるで縄をうたれたような、むごい痕だ。
痛みと恐ろしさで混乱する俺に古泉が自分の口唇を優しく押し当てる。
目に、頬に、口唇に。
その一方で、空いている手は抵抗もできない俺のシャツを乱暴に開いている。
「愛しています」
俺はどうすることも出来ず、古泉の冷えた指が自分の肌に直接触れる感覚にただ慄いた。
古泉は間違っている。
それでも繰り返される愛の言葉。
聞き入れるまでやめないとでも言いたげな古泉の声に俺は首を振ったが、それは懸命にこの場から逃れようとする仕草と大差なかった。
夕暮れの部室でそう言った時、古泉は、何てことない顔をしていた。
これくらい何でもない。こんなこと当たり前だ。
それについて来られない、それを拒絶する、あなたの方こそ異常だとでも言いたげな顔だった。
「……は?」
凍り付いていた俺の頭から、俺ではない誰かが返事をする。
短く漏らされた驚愕の声に、古泉は凡そ正常とは思い難い愛を再度繰り返した。
あなたが好きです、あなたが好きです。
あなたに僕を理解してもらいたい。
あなたに僕を受け入れてもらいたい。
あなたを抱き締めたい、あなたにキスしたい、あなたを抱きたい、あなたを……
「…めろ、やめろよ!」
鬱々と零れ落ちる呪文のような告白を俺は勢いよく椅子から立ち上がることで遮った。
もう聞いていられない。頭がおかしくなりそうだ。
少なくともこれ以上続けるようなら、正当防衛としての暴力も辞さないつもりだった。
しかし俺の持ち得る限りの敵意を向けられているにも関わらず、正面に腰掛けている古泉は冷静そのものだった。
いつも通りの裏が読めない笑顔を浮かべて俺をじっと見つめている。
…鳥肌が立った。寒気のようなものすら感じる。
嫌悪というより、それはむしろ恐怖だった。
底知れない不安を古泉から感じる。
無意識の内に両腕で自分を抱き締めていた俺の前で、古泉はひどく緩慢に立ち上がった。
思わずびくりと肩を震わせて後ろに引く。
「来る、な」
笑顔のまま歩を進める古泉を、俺は追い詰められた鼠のように後じさりながらどうにか制止しようとする。
その内背中が壁にぶつかったが、尚も逃れようと俺は横にずるずると流れていった。
古泉は全て承知の顔で俺との距離を狭め続ける。
とうとう部屋の隅に追い詰められた俺の前に、古泉は立った。余裕の表情だ。
首筋をちりちりと炙られるような危機感に急き立てられ、俺は闇雲に手を振り回した。
と、その手を瞬く間に捕らえられる。ぞっとした。冷たい手だった。古泉の目と同じだ。
「つかまえた」
笑う古泉の顔。ダメだ、と思った。この目を見てはいけないとも。
壁に縫い止められた手首ががくがくと震える。
恐い。
あからさまに怯える俺に、古泉の顔が、僅かだが曇る。
どうしてわかってくれないんですか、とその口唇が動いたような気がして、俺は呆然とした。
「僕はあなたを愛しているのに」
古泉の指が俺の手首にぎりぎりと食い込んで赤い痕を残した。
まるで縄をうたれたような、むごい痕だ。
痛みと恐ろしさで混乱する俺に古泉が自分の口唇を優しく押し当てる。
目に、頬に、口唇に。
その一方で、空いている手は抵抗もできない俺のシャツを乱暴に開いている。
「愛しています」
俺はどうすることも出来ず、古泉の冷えた指が自分の肌に直接触れる感覚にただ慄いた。
古泉は間違っている。
それでも繰り返される愛の言葉。
聞き入れるまでやめないとでも言いたげな古泉の声に俺は首を振ったが、それは懸命にこの場から逃れようとする仕草と大差なかった。
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